お久しぶりです。

仕事にサッカーに毎日忙しすぎてなかなかブログ更新できませんでしたが

GWは仕事は10連休なので少し余裕があるから久しぶりにブログ書いていきます。

それではさっそく本題に参りましょう。

よろしくお願いします。






カンボジアの思い出〜出会いそして結婚〜

気づけば明日からは

令和

平成3年に生まれて、平成を生き、平成のラストにまさかまさかの結婚。

今回のブログは出会ってから、結婚までの思い出を書きます。

国際結婚の難しさ等も書いていくので興味ある人は是非チェックしてください。



それではまずは出会い編から。

2017年2月

カンボジアのチームと契約できたところまでは良かったのだが

そのチームは前年最下位で弱いしお金もないので給料がめっちゃ低かった。

カンボジア人の平均月収ほどの金額で、外国人が暮らせる額ではなかった。(後に給料は倍になり、翌年はまた倍になりなりました)

貯金を崩しながら生活するか、サッカー以外になにかバイトするか迷っていたところ。

当時のチームメイトの日本人から紹介してもらった

日本語学校

で午前中アルバイトすることになった。

そう、この日本語学校が自分たちの出会いの場所になります。

日本語学校で日本語の先生を2月から5月までしてました。

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ここで勘の鋭い人はこう思うかもしれません。

荻野って、日本語学校で先生してまさか生徒に手を出したの?

まあそう思われても仕方がないですね(笑)

結果的にはそうなりますが、ここだけの話

妻の方からアプローチがありました。

これを言ったら怒られるのですがブログはチェックしてないと思うので大丈夫でしょう。

ちなみに、スマホの中は全てチェックされますし、SNSも筒抜け状態です。

4月頃から週に1度、妻のいたクラスを担当することになり

クラスの女生徒数人からフェイスブックを教えてほしいと言われました。

日本語学校に通ってるほどなので、日本に興味はあるし

ましてや、若い独身のサッカー選手なのでモテモテです(笑)

すみません、モテモテは言い過ぎでした。反省します。

と、まあこんな感じでフェイスブックを教えてメッセンジャーでのやりとりが徐々に増えていきました。

日本人的な考えだと

生徒とやりとりはあまり良くないと思うだろうし、実際自分も最初は乗る気ではなかった。

と言っても、しっかりとした学校じゃなくて塾みたいな学校だったので割と大丈夫じゃね?という感じで連絡のやりとりが続いていた。

少しずつお互いが意識しだして、恥ずかしさが生まれてる。

学校で会ったら、ドキッとするようにもなってきたし妻の方は自分を見ると逃げるようになった。

そんなある日

学校の近くのカフェにいるから先生も来てほしいという誘いがきた。

今まではこういう誘いは断ってきたのだが、自分も意識していたのでカフェに行くことにした。

学校以外で会うのはこれが初めてで、ここから何度か外でも会うようになりました。

一緒に中華料理食べたり、カラオケに行ったり。

この頃から少し学校と自分とで問題が出てきて、我慢できなくなり5月いっぱいで学校をやめることになり

自分の中でも先生をやめるなら生徒と付き合ってもいいだろう

と思い、辞めるまでの数週間はもう付き合ってるも同然でした。

ここまでが出会いの日本語学校編です。

続きはまた次回にしようと思ったのですが、平成最後ということでこのまま結婚編までぶっ飛ばしていきます!!!


それでは、次は同棲編です

6月以降、日本語学校のアルバイトを辞めてから、妻と会う回数は激減。

それにより、喧嘩が増えて別れる一歩手前まできてました。

カンボジア人は日本人と違い空気を読むことと、人の気持ちを考えることが苦手で

それをわかっていても、何度も続くと我慢できなくなり喧嘩になる。

他にも妻は自分の否を認めることと謝ることが出来なかった。

明らか向こうが悪いのに絶対に謝らない。これでまた喧嘩になる。

今でこそ、何度も何度も向き合って

ありがとうごめんなさいは言えるようになりました。

日本人にとっては当たり前のことかもしれないけど、国が違えば文化も教育も違うので本当に難しい。

そんなある日、練習試合に行ったのだがどうも体調が悪く帰ることにした。

帰る途中にもどんどんしんどくなって自分で帰ることができなくなった。

その時妻は日本食レストランでアルバイトの真っ最中だったのだが自分が連絡するとすぐに迎えに来てくれました。

しかも前日に大喧嘩していたのにアルバイトを抜けて迎えにきてくれたのです。

ポカリスエットも薬も買ってきてくれて、汗が出たらタオルで拭いてくれる。

本当に付きっきりで看病してくれました。

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こんなに自分のことを思ってくれたのか

このときに妻の本当の気持ちがわかりました。

これがキッカケになり一気に距離が縮まりまったのだが

9月も終わりに差し掛かったある日、突然驚きのことを言われる。

もうすぐ家がなくなる

は!?!?

何言ってんねん!!!!

一緒に住んでいた友達が地方に引っ越すため1人になるとのこと

地方からプノンペンに来てる学生たちは、基本みんなで一緒に住んでお金を出し合って一部屋に数人で暮らすことが多い。

1人になったから、家賃も払えなくなるし1人だと危ないということで

同棲することになりました

今思えばうまいこと転がり込まれたなと(笑)


同棲し始めた頃はまだ全然日本語が上手じゃなかったけど、2ヶ月経ったころには見違えるほど上手になってました。

またまた病気になったときは、夜中に病院に連れて行ってもらったり、また付きっきりで看病してもらいました。
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こう見えてわたくし実は虚弱体質です(笑)

年末年始はリゾート地のシアヌークビルというところに友人2人と妻でバイクで6時間ほどかけて行き

初めての旅行

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こんな写真まで撮ってもらい初めての旅行は大成功かと思いきや

旅行中も喧嘩(笑)

自分たちは喧嘩を重ねて重ねて仲良くなっていくタイプです。

喧嘩の理由も昔の女のことで、しょーもないんですが

まあそれだけ想われてるということで(笑)


2018年になりチームも変わり

5月には本処置移転のためプノンペンからアンコールワットで有名なシェムリアップへ引っ越しすることになり

もちろん、妻もシェムリアップまで着いてきました。

まだ学校でバイトしてたときに

一緒にアンコールワットへ行きませんか?

とぎこちない日本語で誘われたのですが、まさか現実になるとは。

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他にもタイ、マレーシア、ベトナムと一緒に海外旅行にも行き

妻が初めての飛行機に乗る前に相当ビビってたのも良い思い出。



9月になり、シーズン終盤にまさかの全治2ヶ月の怪我をしてしまい、もう残り試合も少ないし、カンボジアでは治療ができないため日本に帰国することになりました。

たまたま、シーズン終了後に一緒に日本に行くためのビザを用意していたためタイミングよく一緒に日本に行けました。

妻にとっては憧れの日本

元々は日本に技能実習生として働きに行くことになってたのだが、なぜかキャンセルになりもう日本に行くことがないのかとまで思ってたらしく

本当に日本に行くことになったときには、大喜び。

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見てるこっちまで楽しくなるほど喜んでました。

日本に着いてまずは自分の両親に挨拶。

相当緊張してたけど、自分の家族が暖かく迎えてくれたのでホッと一安心し、将来のことも家族と相談して良い方向へ。

その後は治療と京都大阪の観光をしてカンボジアへ戻りました。

戻ってからは来シーズンに向けてのリハビリをし、チームに合流したのだが

まさかここでこんなことが起こるとは

ここから色々と急展開です。

同棲編はここまで、次回婚約、結婚編

令和に持ち越しです。



お楽しみに!!!!!









全部読んでいただきありがとうございます

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荻野賢次郎